堺簡易裁判所 昭和60年(ろ)64号 判決 1986年8月27日
主文
被告人に対し刑を免除する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和五九年九月二三日、自己の普通乗用自動車を運転して和歌山県勝浦町へ墓参に赴き、翌二四日午後三時ころ、右自動車の助手席に次男A(当時一三歳)を、その後部座席に長女B(当時一六歳)を、運転席後部座席に次女C(当時八歳で、乗車するとき体に異常はなかつた。)をそれぞれ同乗させ、被告人が運転して右勝浦町を出発し、新宮市、奈良県十津川村、五条、河内長野市を経て堺市泉北地区道路上を、堺市平岡町の自宅に向かつて走行中、後部座席のBが、同人の膝の方に頭を向けて寝ていたCが、しんどそうであり、ぐつたりして、汗をすごくかいており、「体がだるい。」と言つたので、同女の額に手をあてたところ、熱いので、被告人に対し、「お父さんCが熱があるみたい。」と告げた。被告人は、さつそく自動車を道路際に寄せて停車し、Cの様子をみると、同女はBのみたとおりの状態であり、Cの額を手で押えると熱がかなり高く、一刻も早く医師の手当を必要とする状態であつた。被告人は救急車を呼ぶことも考えたが、Cの掛り付けの久﨑病院がそこから左程遠くないところにあるので、同病院で手当をうけようと、急いで運転を再開し、あと七、八分くらい運転すれば右病院に着くころの、同日午後八時五九分ころ、道路標識によつて最高速度を五〇キロメートル毎時と定めた大阪府堺市小代三六一番地付近道路において、右最高速度を超える八八キロメートル毎時の速度で右自動車を運転したものである。
被告人の右行為は、Cの身体に対する現在の危難を避けるためになされた行為であるが、その程度を超えたものである。
(証拠の標目)<省略>
(弁護人らの主張に対する判断)
被告人は、本件は同乗中の八歳の次女が高熱であつたので病院に急行するため、やむを得ず速度を出したものであるから緊急避難行為である旨主張し、弁護人は、被告人は同乗中の幼ない我が子が高熱で、ぐつたりした病状であつたから、一刻も早く病院へ赴くためスピードを早めていたものであつて、右実状と当時の交通の状況など他の事情をも併せ考慮すると、本件は緊急避難行為である。仮りにそうでないとしても過剰避難行為である旨主張する。
そこで、この点について検討するに、前掲各証拠を綜合すれば、被告人が本件行為に及ぶに至つた経緯及びCの病状については判示のとおりであつて、Cの右病状は、同人の身体に対する現在の危難があつたというに妨げないこと、本件行為は、右の危難を避けるためになしたものであることがそれぞれ認められる。また右行為によつて害される法益が、これによつて保全されるCの身体に対する危難の程度より重いということはできない。しかしながら、緊急避難には自ら手段の面で制約があるところ、判示の如き現在の危難を避けるためには、久﨑病院まで左程遠くない(本件場所からは、自動車で七、八分ぐらいである。)のであるから、許されるスピード(当時の速度違反の検挙は、毎時一五キロメートル以上超過しているものであつた。)で運転すれば足るものであつて、本件行為の如きは判示危難を避くるため、やむことを得ざるに出でたる行為としての程度を超えたものであるといわねばならない。
従つて、本件行為は過剰避難行為にとどまるものと認められるので、弁護人のこの主張は、その限度で理由がある。
(法令の適用)
被告人の本件行為は、道路交通法一一八条一項二号、二二条一項、四条一項、同法施行令一条の二第一項に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、なお、右行為は過剰避難行為であるから刑法三七条一項但書を適用し、その刑を減軽または免除すべきところ、本件の情状について考えるに、前掲各証拠によれば、本件は被告人が幼ない我が子の前掲の病状に心痛し、医師の手当を一刻も早くうけたいため急いで運転していたこと、当時は、夜間であつて交通量が割合に少なく、一般自動車が必ずしも制限速度を遵守していなかつたこと、また速度違反の取締りについても必らずしも厳重な検挙がなされていなかつたことが認められ、その他諸般の事情をも考え併せれば、被告人に対しては刑を免除するのが相当である。
(裁判官伊東二郎)